News&Topics

ホーム> News&Topics> 初山獅子の眠る場所 〜初山十王堂と初山自治会館〜

初山獅子の眠る場所 〜初山十王堂と初山自治会館〜

初山自治会館、手前には舞の舞台となる土俵があります

【ご近助コンシェルジュ 初山・菅生・水沢地区担当/まゆみ、2021年10月14日 記】

皆さんは、初山獅子舞を見たことはありますか?毎年10月の第1日曜日に菅生神社で行われる例大祭にて、舞が奉納されます。昨年、今年と2年間コロナによって開催が中止となっているので、先に行われたのは2019年のこと。
残念ながら今年も舞は見られないけれど、9月27日、獅子舞会館の清掃があるということで取材させていただきました!

【写真:初山自治会館、手前には舞の舞台となる土俵があります】


初山十王堂(はつやまじゅうおうどう)

十王堂には、閻魔大王、十王、奪衣婆、地獄の救世主地蔵菩薩の像が安置されています

待ち合わせは初山自治会館。場所は「初山十王堂」と調べて来てくださいと言われました。・・・「?十王堂って、何?」って、思いますよね。地獄には、人の生前の罪・行いに対して判決を下す王・閻魔(えんま)さまがいるのは有名ですが(嘘をついたら舌をちょん切るあの王様ですね!)、実は王は閻魔さまだけではなくて、他に10人の王がいるのです!!人は死んでからあの世に行くまで 10人の王によって7日毎に審判を受けます。それぞれ担当する罪に対して裁きを下す、というもの。ただ王が裁きを下すだけではなくて、弁護してくれる仏さまもいらっしゃいます。(※これ以上書くと余計な方向へ長くなるので、参考サイトをご覧ください。)

◆参考:「閻魔大王だけじゃなかった!地獄を支配している「十王」たちの顔ぶれを紹介」

【写真:十王堂には、閻魔大王、十王、奪衣婆、地獄の救世主地蔵菩薩の像が安置されています】


この場所を守る

初山十王堂・外観/イチョウの大木は十王堂のご神木です

初山十王堂は、江戸の元禄年間(1688〜1704)に建立され、天保15(1844)年当時の世話人6人を中心に地域の寄進で入佛供養が盛大に行われました。(※写真資料あり)その昔はお坊さんが住んでいた記録もあるようですが、詳しいことは不明で、廃れていた時期も長かったようです。2003年、天保の供養の世話人の子孫にあたる故・矢澤茂さんらでつくる初山十王堂世話人、十王堂墓地管理組合が、十王堂の本尊にあたる閻魔大王菩薩や地蔵菩薩などを修復、8月16日に開眼供養を行い宵祭りが行われました。
自治会館は十王堂の境内に1969年に建てられたそうですが、初山獅子舞と十王堂墓地、自治会館の間には直接的な関係はないと言います。5つの自治会が持ち回りで清掃を行っているそうで、清掃を終えた後ということもあり、一層清々しい空気がそこにありました。お話を伺った初山獅子舞保存会・会長代行の小金井睦雄さん(79)もこの地で370年ほど続く農家さん。「350〜400年と言ってもすごいことではないんだよ。同じように、みんな今こうしてここに生きているじゃない?単純に記録が残っているかいないか、ただそれだけよ。」と話します。識字率が上がり、記録に残せるようになったのがその頃なのでしょうか。自分たちがどこから来て、今に至るのか。記録することの尊さを感じます。

【写真:初山十王堂・外観/イチョウの大木は十王堂のご神木です】


「初山の獅子舞」と「獅子頭」

江戸時代初期に作られたとされる玉獅子

本題までが長かったですね(笑)さて、ここからです!

川崎市の無形民俗文化財「初山の獅子舞」と有形民俗文化財「獅子頭」。初山には3組の獅子頭と仲立面(天狗の面)があります。市の重要郷土資料となっている獅子頭は、3組中、製作年の最も古い1組で江戸時代初期のものと推定され、この頃にはすでに舞われていたと考えられます。もとは初山の鎮守社の例祭において舞われていましたが、明治時代にお宮が菅生神社に合祀され、現在では毎年10月第1日曜日に菅生神社境内で舞われています。
初山の獅子舞は1役が1人で行う一人立(ひとりだち)が基本。巻獅子、剣獅子、玉獅子、幣負い(へいおい ※天狗)の4役がいて、2頭の雄獅子(巻獅子、剣獅子)が雌獅子(玉獅子)をめぐって葛藤する「雌獅子隠し」のストーリーを持った曲目です。4人の舞子のほか、金棒引きや笛の吹き手、唄い手が加わり演じられます。
舞子を務めるのは、小学校高学年以上の子供たち。4役いるので4人、小学校5年生ぐらいから4年間。基本的には4年間同じ役を担います。推薦によって選ばれるのが慣例で、昔は農家の長男のみで選ばれ、継承されてきたそう。昔ですから、当然親が決めること。そこに子供の意志はなかったとか。1年に1度の例大祭のために練習を重ね、菅生神社で神様へ舞いを奉納し、そして初山十王堂の前で舞う。清掃に来られていた方々は子供の頃に舞い、大人になってからはOBとして指導側に回り、今日に至ります。今時の子供は大人よりも過密スケジュールで大変。近年は「農家の長男のみ」というルールも変わってきているようですが、「任された子供は一生懸命に務めてくれる子が多く、誇らしい。」と小金井さんは語ります。歴代の舞子の名前が記された名簿を見ながら、「この人は教え方が上手だった!」と懐かしい記憶を思い出して、皆さんとっても楽しそう。秋山浩さん(66)は「憧れを抱いて見ていた獅子舞。誰もがなれる役ではないし、舞子に推薦された時は嬉しかった。」と話してくださいました。

◆参考:獅子舞(初山の獅子舞)/川崎市教育委員会

◆参考:獅子頭(初山獅子舞保存会) /川崎市教育委員会

【写真:江戸時代初期に作られたとされる玉獅子】


今あるものは、どこへ向かうのか?

静かに佇む石碑

川崎市には、初山の他に菅(多摩区)・小向(幸区)に獅子舞が継承されています。資料はなく全て口承で伝えられたもの。言葉や歌詞、口実や音色を辿ると、八王子の方から来たのではないか?と推測されるようです。

「川崎市民俗芸能保存協会」という組織があります。この協会には30の団体が加盟し、毎年3月に各区市民館で順番に発表会を行っています。新型コロナウィルスのため2020年、2021年は中止。2022年も中止予定となりますが、発表会は過去41回開催、その他研修会も行い、文化を継承・保存に努めてきました。
小金井さんは、この協会の副会長も務めています。他にも活動が幅広い!子供の頃一緒に舞の稽古をした同志とともに、今度は子供たちを指導し、そして大事な場所を清掃する、そんな関係を羨ましく思いました。

忙しなく働く世代。「日常」は人それぞれだけれど、同じ生活圏内で暮らす私たちは地域に対して何ができるかしら?意外と身近な場所にある地域の歴史、地域の宝。興味を持ってまずは参加してみることから始まる気がします。昨年、今年と、地域行事やイベントのほとんどが中止になってしまいましたが、来年こそは!「初山獅子舞」も、みんなで拝見しましょうね。

【写真:静かに佇む石碑】


写真一覧

入仏供養の版木。天保15年の文字が確認出来る。

入仏供養の版木。天保15年の文字が確認出来る。

練習用の剣獅子は新しく艶やか。ちょっと髪が多過ぎとの指摘も(笑)

練習用の剣獅子は新しく艶やか。ちょっと髪が多過ぎとの指摘も(笑)

歴代の舞子の名前がずらりと記された資料

歴代の舞子の名前がずらりと記された資料

貴重な文化財「玉獅子」のサイズ感、わかります?

貴重な文化財「玉獅子」のサイズ感、わかります?


to top